この世に難関など…

この世に難関などない。難関というのはあくまでも本人の主観の問題なのである。
難関だと思っている自分があるだけである。
塚本幸一

解釈例

難関か難関でないか。それを決めるのは誰でしょう?学校ですか?世間ですか?社会ですか?どれも違います。

難関だというのは自分自身、あくまで本人の主観なのです。

難しいと思って二の足を踏んでいたり、必要以上に萎縮してしまっていたり・・・。まずはそこを難関だと決めてしまったのは自分だと気付く事が大切です。そこを難関ではなく自分でも超える事ができる関門だと思えば、向かう足取りも軽くなるのではないでしょうか?

名言の活用例

難関といえば志望校の選択でよく出てくる言葉です。たしかに世の中には難関校と呼ばれる学校がいくつもあります。ですが、それは本当に自身にとって難関なのでしょうか?難関だと決め付けてしまっているだけではないでしょうか?難関だからと萎縮して先に進めなくなってしまっている子供に、一歩を踏み出す手伝いをしてあげませんか?例えばこんな風に・・・。

子供
「やっぱり○○中学は難関だから無理だよ・・・」

保護者
「あら。難関だって誰が決めたの?」

子供
「え?だって皆言ってるよ。学校も塾も」

保護者
「そうね、正直に言うと世間一般では難関なのかもしれないわ。でもあなたにとっては難関ではないかもしれないわよ?」

子供
「そんなことないよ。私にとっても難関だよ」

保護者
「難関だっていうのはあなたの主観の問題。難しいか難しくないかはあなたが決める事だわ」

子供
「それじゃ私が難関じゃないって思えば、本当に難関じゃなくなるの?」

保護者
「もちろん。あなたが難関だって決め付けたのよ。まずはそれを取り払ってごらんなさい。今そうやって二の足を踏んでいるのがもったいなく感じるわ。一歩を踏み出す勇気を持つには、まずは難関なんて存在しないって思う事から始めましょう」

出典の解説

塚本幸一 1920年9月17日 – 1998年6月10日

日本の衣料品メーカー、ワコールの創業者。宮城県仙台市で繊維問屋を営む両親のもと、長男として生まれる。(滋賀県東近江市出身という説もある)1944年のインパール作戦に従軍するが奇跡的に生還。1946年に復員し、その日のうちにアクセサリーの販売会社「和江商事(ワコールの前身)」を創業する。1948年にアクセサリーの売り上げが悪くなった頃、取引先からブラジャーを紹介され、2年後の1950年には高島屋と取引をするまでに成長させる。1957年、海外進出を視野に入れ「ワコール」に社名を変更。この頃「ブラジャーでビルを建てた近江商人」と話題になったりもした。1990年には勲二等瑞宝章受章。財界では松下幸之助に師事し、松下政経塾の理事を務めたりもした。

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