人間は負けたら…

人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。
リチャード・M・ニクソン

解釈例

人間の「終わり」はいつなのでしょうか?勝負に負けた時?いいえ、違います。辞めたら終わりなのです。

人生は何度も勝負をする場面に遭遇します。とても些細な勝負から、人生を賭けた大勝負まで。そして負ける事もあるはずです。負けたからといってそこで終わりにしてはいけません。例え負け続けても辞めない事が大切なのです。

勝負を続けようとする気力を保ち続けているうちは、終わりにはなりません。100回負けても101回目には勝つかもしれません。決して負けたからといって終わりにしないようにしましょう。

名言の活用例

様々な局面で、様々な相手と勝負をしていくのが人生。その中で負け続けた時、終わりだと思ってしまう事もあるかもしれません。ですが、負けたことそれ自体が終わりではない、と教えてあげましょう。例えばこんな風に・・・。

子供
「また○くんに負けたよー。もう終わりにしよ。どうせ勝てないし。。。」

保護者
「まだ終わりじゃないわよ?」

子供
「もう終わりにするしかないよ。負けてばっかりだもん」

保護者
「負けは終わりなんかじゃないわ」

子供
「だってどんなに頑張っても勝てないし、次もどうせ負けるよ」

保護者
「わからないわよ?今までず~っと負けてても次は勝てるかもしれないわ。負けたこと自体は終わりにはならないの」

子供
「それじゃいつ終わりになるの?」

保護者
「やめたら終わりになるわ」

子供
「辞めたら?」

保護者
「そう。諦めて辞めてしまった時。それが本当の終わり。当然二度と勝つことなんてできなくなるわ」

子供
「え~!二度と勝てないなんてそんなのやだ!」

保護者
「そうでしょ?それなら負けたから終わり、なんて言わないで。頑張ることを辞めた時が本当の終わりなんだから。とある偉いバスケの監督も『諦めたらそこで試合終了だよ』って言ってるのよ。だから負けたから…負けるから終わりなんて言っちゃダメよ」

出典の解説

リチャード・M・ニクソン 1913年1月9日 – 1994年4月22日

アメリカ合衆国の軍人であり政治家。第36代で副大統領、第37代で大統領に就任した。カリフォルニア南部ロサンゼルス近郊で、ギリシア系の父とドイツ系の母のもと産まれた。一家で果樹園を経営していたが9歳の時、母方の実家近くに引越し食料品やガソリンの販売を始める。この当時の暮らしをニクソンは「貧しかったが幸せだった」と言っている。しかし実際は商売は軌道に乗り、裕福な母方の実家の支援もあった為決して貧しい暮らしではなかったようだ。兄弟が相次いで結核にかかり医療費が嵩んだことを理由に、投稿前にアルバイトをして家計を助けたり、学外活動ではアメリカンフットボールに精を出す人一倍ガッツのある青年だったと伝えられている。また人前で話すことを得意とした彼は弁論大会に出場し好成績を収めたりもしていた。24歳で大学院を3位の成績で卒業。その年にカリフォルニアの司法試験にも合格し弁護士への道を進む。だが職場に恵まれず最終的に地元で自分の弁護士事務所を設立することになった。29歳でアメリカ海軍に志願して入隊。弁護士の資格を持っていた事から戦闘要員ではなく補給仕官に任命される。1945年の第二次世界大戦終結後、ペプシコーラの弁護士になる。この仕事を通じて知り合った各国の政治家の倫理観の低さに本気で呆れていたと伝えられている。翌年下院議員に共産党で出馬。妻の献身的な支えも功を奏したのか現職の立候補者を退け見事に当選。その後上院議員、副大統領を経て1960年に大統領選挙に出馬するも落選。弁護士に戻った後、1968年の大統領選挙に出馬し当選。任期中の1972年、民主党全国委員会への不法侵入と盗聴の事件・・・ウォーターゲート事件に関わっていたと断定されアメリカ大統領の歴史の中で初めてとなる任期中の辞任をする。1994年に84歳で死去するまで政界に多大な影響力を残し、様々な問題に功績を収めたがやはり事件への関与が国民に高い支持を得られず、度々マスコミの標的にあっていた。それでも彼の任期中に行った政策は素晴らしいものだったとの支持を受け、偉大なる功績を残した歴代大統領の一人に数えられている。

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