国語という教科の異質性

しかし、国語というのは異質な教科です。ここを意識していないと、成果の上がらない勉強法を採用することになり、まったく成果を感じることなく受験勉強が終わってしまうという事態になりかねません。

k-2.国語は根本的に違う

国語の異質性

  • 他教科では分野ごとに個別的に問われるのに対して、国語は常に総合的能力を問われる!…文章を読む力・判断する力・表現する力、どれ一つ欠けても得点にならない。
  • 努力が結果に反映されない!………得意な者は放っておいても難なく高得点を取れ、不得意な者はどんなに勉強したって点が取れない。
  • 結論を頭に入れてもムダ!…どんなに問題演習をしても、その文章や問題が出る可能性はほぼゼロ。答えを暗記しても全く無意味な教科。
  • 他教科にも波及する!…算数や社会・理科の不正解の原因が、国語力の欠如となっていることも。
  • 知識よりも能力・センスで決まる!…他教科では知識が得点力の主要部分を担うが、国語では知識はサブであり、センスといわれる読解能力による比重が大きい。
  • できない者に対する特効薬がない!…解釈論的な指導で駄目な生徒は、現状では救う手立てがない。

他教科では分野ごとに個別的に問われるのに対して、国語は常に総合的能力を問われる!

 算数や理科、社会は多くの分野によって構成されていますが、国語はそうではありません。いつも与えられた文章を的確に読み、正しく判断し、正確に表現することによって初めて点数につながります。

 例えば算数であれば「速さ」であったり「平面図形」であったり「規則性」であったりと個別分野ごとに問題が構成されますが、国語はどの問題も総合力を問われます。文章を読む力・判断する力・表現する力どれ一つ欠けても点にはなりません。

取れる受験生は、勉強していなくても点が取れてしまう!しかし……

 他教科は試験範囲を準備すればするほど点数につながりますが、国語という教科は、答えもしくはその根拠が文章の中に存在しますので、正しい感覚を持ち合わせていればその試験のための特別な勉強をしなくても点を取れてしまいます。

 逆にそれがない限り、どんなに大量に問題を解いてもできるようになりません。得意な者は放っておいても難なく高得点を取れ、不得意な者はどんなに勉強したって点が取れないそれが国語という試験教科の本質です。

結論を頭に入れてもムダ!

 理科・社会といった教科と違い、国語は結論を覚えてもまったくのムダという教科です。どんなに問題演習をしても、その文章や問題が出る可能性はゼロに近いわけで、答えを暗記しても全く無意味な教科です。

 これが国語苦手者にとっては、かなりつらい事実です。他の教科は、結論を覚えればそこそこの点数は取れる。少なくとも努力が結果につながる実感は持てる。算数ですら「理想的な解法」という結論をひたすら覚えることで一定の点数が見込めます。しかし国語にはそれがないのです。

他教科にも波及する!

 算数的思考力が国語や社会に影響することはあっても限定的ですが、あらゆる学問が日本語で記述されているだけに、国語力の他教科に対する影響力は他教科とは比較になりません。算数や社会・理科の不正解の一部の原因が、国語力の欠如となっていることも十分考えられます。

知識よりも能力で決まる!

 他教科は知識の量で点数が大きく変わるのに対して、国語は少数の知識問題を除いてどれだけ本人に能力があるかで決まります。ここを履き違えて他教科と同列にとらえて努力する限り、結果は絶対に出てこないと言い切れます。誤解を恐れずにいえば、国語の成績が悪ければ悪いほど多くの能力的要素がダメなのです。ここを理解していなと、完全に努力の方向を見誤ります。

できない者に対する特効薬がない!

 受験業界における一般的指導は塾も家庭教師も、問題を与えて解かせて解釈論的な解説を繰り返すという指導です。そしてこれを延々繰り返し大量に問題をこなすことによって、国語に対する慣れが出てきて力はついてくると信じられています。これは数十年も前からずっと変わらない伝統的指導法で、教師ですら子供の頃からそのような指導を受け染み込んでいる手法です。

 しかし、これがなかなかうまくいかない生徒も実際に多数存在します。そういう生徒は他に方法がないだけに非常に苦しみます。

 知識を積み込めば比較的対応ができる算数理科社会と異なり、国語の特効薬は稀有の存在であるのが現実です。

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